もう3ヶ月以上日記をアップデートしていない。仕事上の責任が増え、プライベートの時間があまり取れなくなったことに加え、この夏の暑さでへばってしまい、あまりアクティブに活動していなかったことも原因だろう。
今日改めて過去の日記を読み返してみたところ、とても懐かしい気持ちになった。やっぱり日記はいい。今日を境に再度更新を再開したい。

とはいえ、今週末は特に書くこともないので、先週末9月16日の鎌倉ハイキングのメモ。事前にホームページでハイキングコースについて調べたうえで、北鎌倉→東慶寺浄智寺→葛原岡ハイキングコース→銭洗弁天海蔵寺寿福寺→小町通→鎌倉駅、のコースをたどった。残暑が厳しい中、暑さと仕事の忙しさでへばった体で歩き通せるか少し心配だったが、途中でランチにおにぎりも食べたりしながら、ゆっくり4時間ほどかけて歩いたので、何とか歩きとおすことができた。訪れた寺の境内には、コスモス、桔梗、萩、などの秋の花が咲き始めており、とても癒された。昔は、寺めぐりなんて何が楽しいんだろうかと思っていたものだが、今ではその良さがとてもよく分かる。

写真は、浄智寺の布袋様


帰りにとら丸で茶漬け、豊島屋で鳩サブレーを買って帰る。
晩御飯は、近くの宮崎料理店よだきんぼに行く。目黒銀座を突き当りまで歩いたところにあり、前からぜひ一度行ってみたいと思っていた。地鶏の店で、期待に背かない味。つくね、炭火焼、チキン南蛮、ほか何品かを頼み、最後は冷汁で〆る、最高。梅酒の品揃えが豊富なのも良い。

ところで、明日・明後日は、僕が生まれ育った町で一番大きな祭り、つくりもんまつりが開かれる。今年は仕事の都合で残念ながら帰ることはできないが、時間を見つけて一度帰省したいものだ。

日経ビジネス岡田武史サッカー日本代表監督の記事から抜粋。

「人を育てる、教えるなんていうのはおこがましい」(中略)「育つのを邪魔しない」というくらいの認識でちょうどいい。

早く教えようと焦るあまり、選手が自分で気づいたり、無意識に反応して体で覚えることを妨げる可能性があるからだ。人は自分で何が大事かに気づいたら、勝手にどんどんと成長していくものだ。

何も言わないようにしたら、急にディフェンスをこなすようになったのだ。以前は守りが苦手だと潜在意識に刷り込まれていたために、かえって体が動かなかったのだろう。そんな”呪縛”から解放され、「危ない」と感じたときに、自然と体が反応するようになったようだ。

守備についての知識は与えたが、うるさくは言わなかった。

この週末は珍しく2日とも外出した。土曜日は、新大久保に三枚肉(サムギョプサル)を食べに行く。本当は、 味ちゃんに行きたかったけれど、当日の午前中に電話したら予約はすべていっぱい。あとは並ばなければいけないという。それも面倒なので、Webで調べて、 でじというお店に行った。ワインサムギョプサル、ガーリックサムギョプサル、キムチチャーハン、海鮮チヂミを食べる。サムギョプサルは、ソウルで食べたのとは違って炭火ではなかったので、やや香ばしさに欠けるところがあったけれど、なかなかいける味だった。チャーハンとチヂミは最高。おなかいっぱいに食べて、生ビールに韓国ジンロも飲んで、2人で5000円しなかったのはとてもリーズナブル。また行こうと思う。今度は炭火の店を探そう。

日曜日は、代々木公園に スリランカフェスティバルを観に行った。サフランライスとカレーを食べて、マンゴーラッシーとアイスティーをいただく。象の形をした積み木と、象の糞から作った紙でできた絵本を買って帰る。その後渋谷で散髪。床屋で読んだGQ5月号に、リヴァンプの澤田さんが、古田ヤクルト監督との対談で、ヴィジョンがなければ経営再建の手伝いようがないとのコメントしているのがなぜかとても印象に残った。うろ覚えだが、「その会社が社会に約束しているものは何なのか、立ち位置がきまっていないと」というようなコメントだったと思う。
その後、中目黒では、なんとも偶然だが アルゼンチン・フェスティバルをやっていた。アルゼンチンワインを買おうかと思って試飲してみたが、ちょっと口に合わなかったので買わずにそのまま帰宅。

明日から上海に出張だ。今週は忙しいけど気合をいれて乗り切ろう。

ソウル旅行

5月11日(金)〜13日(日)までソウル旅行。大学時代の1年後輩と2人で、当時からの友人に会いに行く。羽田発金甫着の便を初めて利用したが、成田に比べて圧倒的に所要時間が短くて手軽だった。宿泊したのはシェラトンウォーカーヒル。市内中心部からは離れているものの、山裾にあるので緑が多く気持ちがいい。カジノが併設されている。
夕方1930ごろ到着し、1日目の夜はさっそく焼肉を食べに行く。三枚肉がおいしい。はさみで切ってもらって最後に食べた冷麺もGood。
2日目は仁寺洞(インサドン)周辺を観光。クルタレという、繭のようなお菓子をお土産に購入。お昼は、チヂミが食べられる店ということで近所の店に入って、特別セットみたいなのを頼んだら、薄めのチヂミ2枚、怪物チヂミ1枚、鍋料理はプルコギとビビンパ、ほかにも3皿くらい提供されて、とても3人では食べきれない。でも一生懸命に食べる。その後、非言語パフォーマンスの NANTAを観に行く。正直最初は期待度がそんなに高くなかったが、見事に裏切られた。韓国のドラムのリズムにあっという間に引き込まれ、気がついたらあっという間に90分間が経っていた。ブロードウェイにも専用劇場があるとのことだが、さもありなん。これはまさに世界レベルのパフォーマンスだった。観客との一体感のあるパフォーマンスも吉。機会があったらもう一度見てみたい。その後、ソウル市内の川沿いの遊歩道を散歩してから、夜はトッポキ(トッポキ本体に、揚げ餃子、辛ラーメン、冷麺っぽい麺、などをごった煮にして食べる)を食べる。その後飲みに行き、バクダン酒と竜巻酒を何倍か飲んでから1230頃ホテルに帰る。
3日目はお昼にサムゲタンを食べた後、ソウル駅近くのロッテマートを見学し、さらに明洞の教会を観光し、帰途に着く。
2泊3日という短い間だったが、この3日間は本当に楽しかった。学生時代の友人に会って心置きなく話すのは本当に楽しい。こんなに楽しかったのは何年ぶりかもしれない。ずいぶんいろんなことをしゃべったと思うけれども、それでもしゃべり足りなかった。

三枚肉がとてもおいしかったので、東京でもおいしく食べられる店を会社の韓国人の同僚に教えてもらった。今度行ってみよう。
http://r.gnavi.co.jp/a673500/

とりとめもない考察

帰省中に時間があったので、いろいろと瑣末なことに考えをめぐらせてみた。
今の自分は、毎日仕事に追われて忙しい。やっている仕事には一定の充足感はあるが、このまま同じように毎日を過ごして40になり、50になるというのは、ちょっと耐え難い気がする。そもそも最近は本当に時が過ぎるのが早すぎる、それだけならいいのだが、たとえば1ヶ月経ったときに、その1ヶ月間に何をしていたのかをほとんど覚えていない。それは、一面では充実しているということでもあるのだが、他方、日々起きる出来事を自分の心に刻み付けるだけの余裕がなくなっている証左であるのは間違いない。だからといって、今の自分の生活をどう変えたらよいのかは分からない。仕事に使う時間をもっと減らせばよいのかもしれないが、それで余った時間をでは何に使えばよいのかといえばこれが分からない。妻と過ごしたり、友達と会話したりするのに使えばよいのかもしれないが、でも、自分は仕事以外であまり豊かな(お金持ち、という意味ではない)生活を送った経験がないので、すぐにそんなことで充実感が得られるとは思えない(そもそもすぐに結果を求めることが間違いなのかもしれないが)。それに、仮に仕事をセーブしたとして、その結果もし仕事で充実感を得られなくなったら、自分はどうなるのかと思うとちょっと怖い。もし仕事がヒマになったら、今はあっという間に過ぎていっている時間が、今度は恐ろしくゆっくりとしか過ぎていかなくなるだろう。今日は昨日と同じで、明日も今日と同じであることが間違いなく確信できてしまうような日々を送るのは、これまた耐え難いことに違いない。そもそも、今の自分が曲がりなりにも社会の一隅でなんとかまっとうに生きてこられたのは、仕事があったからだ。そうでなければ、いつ何時池袋の底辺の生活に落ち込んでもおかしくなかったと思う。社会人として仕事を始めるまでの学生生活は、本当に孤独だったし、その孤独に耐えられなかったから、いろいろなことに手を出して、お金も無駄に散在した。当時は、「俺にはもういいことは何も起こらない。あと何年生きても」そんな気持ちだった。ただ、実際にはいいことは起きた。結婚もしたし、仕事上の自信もついた。それはもう運がよかったとしかいいようがないところもあるが、同時に、自分が仕事上の努力を怠らなかったからでもあると思う。そうであるならば、やはり仕事で手を抜くことは自分にとって許しがたいことになるのだと思う。ただ、いままでの成功体験を直線的に伸ばして将来のビジネス戦略を描くことが必ずしも最適解でなはいのと同様に、自分の人生を設計する上でも、今までのやり方を少しは変えてもよいのかもしれない。まずは、早寝早起きするところからはじめて見ようか。なんだか小学生みたいだな。

4月29日〜5月2日まで帰省。
29日、母が仕事で帰宅しておらずヒマなので、NHK全日本柔道選手権を見る。鈴木桂治の小外刈・小内刈はすばらしい。あのタイミングと切れは現役選手では桁違いだろう。井上康生は内股の切れが全盛期にまったく及ばない。リオ世界選手権の代表には選ばれたが、このままでは優勝することは難しいだろう。
その後高校時代の友達と飲みに行く。ほぼ4年ぶりの再会。わざわざ家まで車で迎えに来てくれる。ありがたい。GW中でも、ずっと仕事だそうだ。その忙しい中を僕と会うために割いてくれたことにまた感謝。3時間以上話していたと思うが、まったく話し足りない。愉しかった。昔話もしたが、電力需要予測とオペレーション・設備投資の話や、建築工事見積の話、労働時間は増えるばかりで待遇が改善されないのでたくさん人がやめる話、最近の学生の質の低下の話など、自分の現在の関心とつながる話も多くて、参考にもなった。たらふく食って飲んで8500円は安すぎ。勝駒というお酒がおいしかった。高岡の酒らしい。ちなみに、この日の夜は、久々に本当に深い眠りに落ちた。たぶん、田舎に帰って仕事などの緊張感から開放されたこと、友達と気持ちよく飲んだこと、そして久々に湯船につかったことがよかったのかもしれない。
翌日は、妻の実家に行く。晴れていたので、公園を散歩して、それから買い物をして、ご飯をご馳走になって帰宅。初めてWiiをやった。テニスとボウリングをやったが、散々な成績。ところで、出かける前に、屋根瓦の上で5分ほど日向ぼっこしたところ、足がポカポカになって気持ちいい。驚いたことに、ポカポカはその日一日ずっと続いた。最近はちょっと歩いただけでくたびれることも多かったが、この日は、まったく疲れなかった。将来家を建てることがあったら、ぜったい、屋根で日向ぼっこができる家にしよう。夜、図書館で借りてあった池袋ウエストゲートパークの第4集と5集を一気読み。
電子の星 池袋ウエストゲートパークIV (文春文庫)
反自殺クラブ 池袋ウエストゲートパーク 5 (池袋ウエストゲートパーク (5))
ややマンネリ感もあるが、池袋の街の雰囲気がよく出ていて、懐かしい場所が出てくるたびに、隣の要町から自転車で池袋駅に行きそこから通勤していた時代(1998年〜2001年)を思い出した。池袋北口あたりでサンドイッチマンをやっている人や、ロマンス通りやロサ会館の近くで客引きをやっているような、いわゆる社会の底辺に住んでいる人々を、傍観者としてだが、毎日目にしていた。最近はすっかりそんな人々のことも忘却の彼方に行ってしまったが、ああいう掃き溜めみたいな部分こそ、東京の本質が垣間見えているような気がする。ちなみに、「東口ラーメンライン」の巻にでてくるばんかららーめんは、当時のいきつけで、ジュンク堂書店やリブロに寄った帰りによく食べていた。そのころは行列ができるほどには込んでいなかったと思う。
1日は雨が降った。高岡の御車山祭りは、中止になってしまった。ランチは、母親と車で回転寿司を食べに行く。氷見にあるのに、氷見のネタは半分もないようだが、なかなかおいしかった。1時を過ぎて到着したのに20人以上列を作って待っていた。最近は"しろえび"なるものが流行っているようで、しろえび3種という寿司を食べてみた。普通においしいかな。夜は姉夫婦とその娘と息子がやってきた。一緒に焼肉を食べる。子供はかわいい。
夜、横山秀夫の、「顔」を読む。この人の小説の定番で、個人と組織の力とのせめぎあい(といっても組織というのは警察なので圧倒的な力をもっているわけだが)を描いている。もし警察というところが、この本に描かれているほど窮屈なところであるならば、自分はとても耐えられないだろうなあと思う。それか、あっという間に組織に同化して思考停止するかもしれない。昔は警察官にあこがれた時期もあったものだが。
顔 FACE
そして今日、午前中は子供たちとゲームをして遊ぶ。絵で覚える神経衰弱はなかなか難しくて、本気でやっても子供に負けそうだ。午後3時半ごろの電車に乗り、帰京。

自転車

気がついたら1ヶ月近く日記を更新していなかった。年齢を重ね、また仕事が忙しくなるのに比例して時がたつのが早くなって、気がついたら1ヶ月経っていた、なんてことがしょっちゅうあったのを反省して、日々の記録を残しておくために日記を始めたのに、これではまったくしょうがない。
今日は、久々に自転車に乗って気ままに近所を飛ばしてきた。中目黒から出発して、山手通りを北上して駒場へ、いったん中目黒に戻ってから駒沢通りを祐天寺方面に進み、目黒通りに出て、今度は目黒駅方面へ。そのまま直進して白金台まで行き、さらに広尾から恵比寿に抜けて、中目黒に戻ってきた。目黒通りにあった鯛焼き屋には行列ができており、いい匂いが漂っていた。
風が強くて少し寒かったが、サイクリングするにはちょうどよい季節になってきた。晴れたらまた行こう。